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春のかくれが

世界は物語でみたされる

4月26日

寮を出て、さっきまで雨が降っていたことを知る。アスファルトの湿り気と空にオレンジ味をおびる雲。鼻から息を吸って、泣き出しそうになる。雨上がりの夜に混ざる甘い匂い。わたしがよく知っているはずの匂い。
コンビニで、サンドイッチとおにぎりとコロッケと1日分のビタミンを買う。あの人はあまりレジがうまくないからとなりのレジに並ぼうと思うくらいにはよく行っているコンビニ。夜の花壇に咲く赤白黄色のチューリップがひらいていて、あらわ、と思う。今日やらなければならないことが、1日分のビタミンを摂ることになっていく。

 

助手席で泣くのはもう何度。気づかずにのうのうとしていたわたしがばかみたい。ばかみたい。後から種明かしみたいに言われても、それが手品だったことすら知らない。今から手品をするよって言って。でなければ種明かしなんていらない。種明かしは人を安心させるためにあるのでしょう。私はわたしのためにしか泣けないということを、もう何度。

 

夜行バスで東京へ。一年後、わたしの隣にあなたはいないのかもしれないことを思う。

2月27日

やっと別れる。やっと。ひとりでちゃんと生きていく。そして好きになる。

2月4日

朝部屋を出るときに,雨が降るかもしれないと思うこと。折りたたみ傘を持とうと思うこと。一人のほうがきちんとできること。もう一緒にいられない人のこと。そうでもないこと。

2月2日

言葉にしてもきっと伝わらない、そう思って沈黙に浸るのも、もうそろそろやめること。「まあ、なんにでも潮時っちゅうもんはあるわな」懐かしい言葉。

 

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1月18日

この思いがいつまで続くかわからないけれど、今は、ずっと続くといいと思う。

1月11日

やりたいことがいつの間にかやらなければならないことになっている。生活をきちんとすること。明るく清い生活。好きなものを好きというただそれだけのこと。

10月29日

姉と駅前に新しくできた映画館で「君の名は。」を観る。朝、待ち合わせ場所に「わっ」と現れた姉はいつもより入念に化粧をしていると見えて、とても二児の母とは思えない。久しぶりにみる少女のような笑顔にどうしてかほっとする。

 

映画を観終わって姉と別れたあと、ダンス公演に行く。仙石線に乗ったのは初めて。ダンス公演は期待していたほどのものではなく、その世界観に入り込めなかった。世界観を意識した時点で、私はもうその空間の内側にはいられないことを知る。公演後に買った本の裏表紙にあるサインに生々しさを感じて、サインをもらったことを後悔する。名前は出会うための手がかりにすぎず、好きになったのはそこに書かれている物語だから。

 

恋人と駅前で待ち合わせてご飯を食べる。「ずっと一緒にいたい」と言われるたびに、恋人はずっと一緒にいられないことを考えているのだ、と思う。「大好き」に「大好き」で答えることは数ある答えの一つ。初めて飲んだいちごミルクはちゃんと果肉が入っていて甘酸っぱくて思ったいたよりもずっと美味しかった。

 

紙吹雪は散りゆく生命、降りかかる生命。「これ  ほんとう」という台詞に安堵と嫌悪を同時に抱く。いつだって気づく暇もないままに通り過ぎて、あるときふと、自分が世界の内側にいたことを思う。けれど。世界を見るときは醒めていたい。言葉に自分を迎合させてはいけない。何事においても自覚的であること。