春のかくれが

世界は物語でみたされる

6月4日


命が生まれようとしている。

かつて、わたしは新しい命を生まないとわたし自身に強く誓った少女のこと。
この連綿とつらなる営みをわたしで断ち切ることを泣きながら決意した少女のことを思う。

『わたしはわたし以外のなにものにもわたしをあけわたしはしない』

ねえ、あなたを撫でていったたくさんの風を覚えてる?

わたしがみているようにしか世界は存在しないから、あなたの世界を知りえないの悔しいね。あなたのみている世界を知りたくて、必死になってあなたから生成される暗号を解こうとする。だけど言葉は言葉でしょう。記号としての言葉なら、こんなに苦しくないのにね。

あなたがあなたのままそこにあることのやさしさを、祈る。
あなたのみる世界がやさしい物語にみたされますように。
どうか、囲いこまないで、解きはなたれてあるように。

そんなにすべてを受け容れないで。たくさん怒って。あなたが心地よいと思うことをして。

大丈夫、忘れはしないから。
なくしたりはしないから。




生まれておいで
この、壮大な命の流れの
最先端に、あなたは立つ
たった独りで
顔を上げて
生まれておいで
輝く、生命よ
梨木香歩『沼地のある森を抜けて』